2006年5月20日。上海ー東京の航空券手配。
家族からは依然、
「見舞いには来なくていい」と言われていました。
昼間、母親からのFAXには
「あなたが来ることで私がイヤな想いをします。
私がイヤな想いをすることは、お父さんも望んでいませんので
そうか私たちのことは、そっとしておいてください。」 読んで瞬時にハラワタが煮えくりかえりました。
「来るな。」と言われたことよりも
父の心中ではなく、自分(母親)の感情が優先であるという
病人を思いやれない言動に腹が立ったのです。
と同時に、この女は父の病状を甚だしく軽視し
そして今この時でさえ窒息する危険に曝されている父よりも
まだ尚、自分自信が世界で一番弱い立場であるかのような
悲劇のヒロイン思考であることを確信したのです。
手の届く範囲に彼女がいたら、ひっぱたいて

いたことでしょう。
彼女の
悲劇のヒロイン癖には理由があります。
それは彼女自身が2001年の冬に乳癌で1度目の手術を。
2004年冬には再発し2度目の手術。その後化学療法を。
初回の手術以来、彼女の口癖は
「私はどうせ死ぬ」 と
「私は病気なのよ」です。(-_-)
チョットー どうせ死ぬんだから好きなことやらせてちょうだい!!
どうせ死ぬんだから美味しいモノ食べさせてちょうだい!!
私は病気なのに、こんなことやらせるの!?
私は病気なのに、どうして何もやってくれないの!?
そして泣きわめく。あることないこと身近にいる人の悪口を言いまくる。
その矛先は常に身近にいた父と私に向けられていました。
私が、長兄であるバカ兄との諍いを起こし疎遠になってからは
すべての悪や不運・不調など、あらゆる都合の悪い事が私のせいにされ。。。
抗ガン剤投与中の、日々のたうちまわるほどの苦しみも
私のせいなんだそうです。あー、そうですか(苦笑)。
悲劇のヒロインも、陥れる悪者がいなければ悲劇になりませんからね
目の前で喉に癌を詰まらせ死にそうな人間がいるというのに
それでもまだ眠りから覚めない悲劇のヒロインに
ただならぬ憎悪を覚える娘なのでした。
そして、そのような状況下にある父を思うと心配でたまらなくなり
泊まるホテルも、上海に戻ってくる日も決めないまま
とにかく航空券の手配をしたのです。
くろパパとの時間。あと253日。
なった人しか分からない・・・ことはありません。
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