2006年5月26日。くろパパと再会。
マヨ(ダンナ)が出張中なのをいいことに前日遅くまで飲んでいて
危うく朝10時の飛行機に乗り遅れそうになりました(;^_^A
無理矢理でも乗れてよかったです
午後、成田に到着。久しぶりに会う上司や友達へのお土産の他に
一応家族にも社交辞令で上海土産を用意したため
(「手ぶらで来やがって。」とか言われたくないですからね)
スーツケースが2個にもなってしまいましたが
空港からそのまま父のいる東大病院

へ、ガラガラと荷物を引きずり直行。
病室も分からずでしたが、案内係にうながされ父に会うことができました。
入院棟の10階。個室のベッドに横たわりテレビを見ていた父。
やはり私が来ることは知らされていなかったようで、ビックリしてました。
すぐにでも病状を聞き出したい気持ちではありましたが
久しぶりの娘との再会に、弱々しい身体を露呈しなければならない父の心中を考えると
それは得策ではないでしょう。。。
とりあえずは上海の話。今朝、飛行機に乗り遅れそうになり
上海の空港を猛ダッシュした話などで笑いをとってから病状の話へ・・・
私から聞き出したというよりは、父から自然に話が出ましたね。
経過としては、それまで電話で父本人が話してきた通り。
その後の精密検査を繰り返した結果
喉のガンの次に心配していた心臓の状態は、ある程度良好で手術可能。
早ければ翌週に癌摘出の手術になる。とのこと。
すでに手術の承諾書にはサインをした後で、日程が決まり次第
心臓の薬であるワーファリンをいつから抜くかということになっていました。
手術が可能ということは、確実に
父の声が失われるということです。 喉の下に穴が開き、声が出ないどころか、力も入らなくなり
食事さえも何年かは満足にすることができない・・・。
しばらくは日常的にままならないことを、本人も家族も認識しているのであろうか。
そんな私も「しばらく」程度の不都合だとしか想像できていなかったワケですが
いえ、これがたとえ癌でなく他の病や怪我であっても
手術をする上では大なり小なり必ずリスクがあるものです。
もともと術前にも身体的な不都合があるので手術するのですから
術後のリスクばかり考えていたら治る物も治らないことになりますが
個人的に父のケースだけを考えれば
「手術しますよ。」 「はい、そうですか。」 で決められることではないと思います。
確かに、本人も家族も私も手術の可能性に賭ける決断をするはずですが
側にいないのを理由に、本人以外の家族からは一切連絡や報告が無いということは
アンタはただ父の声が失われるのを見ていろとでも言いたいのか。。。ありえないです。
他に考えられる事としては
父本人が連絡してるみたいだからいいんじゃない?とでも思っていたんでしょうか。
当の本人が冷静に事細かく自分の病状の経過を説明できるなんてことが可能とは
私には到底思えませんけどね。
では、家族から何の連絡もないのを良いことに
「まだ大丈夫なんじゃないの〜?」なんて、上海でのほほんとしていて
気付いた時には、すでに父は言葉を発せない状態となっていた場合には
来なかったアンタが悪い。 となり、罵詈雑言を浴びさせられたはず。。。
どちらにしても、このクロウサをなめんなよ

父からの現状報告を受け、またしてもハラワタが煮えたぎったのですが
不安を抱える父を目の前にして平穏であるのが一番。
この日は、術後の考えられるリスクに関する説明などはしませんでした。
夕刻も迫り、母や兄が病院に来て私と顔を合わせたら何を言われるか分からないので
「明日も来るからね」と父と約束を。
そして、渡航直前に手配した高円寺のホテルへ。
夜、マヨが出張先の広州から東京入り。高円寺のホテルで落ち合う。
翌々日の夕方には上海へ戻らなければならない彼ですが
短い滞在であるにしろ父を見舞いに。ありがたいです。
父の姿をみて安心してしまったのか(というか自分のことなんですけど)この日の夜。
まずは高円寺で大好きだった餃子屋さんで飲み(もちろん餃子もたらふく食べました)。
その後、行きつけだったバーで朝まで騒いでしまったのです(^^;)
もちろん朝方、ホテルへ帰る途中に松屋で牛丼いただきました(笑
くろパパとの時間。あと247日。
なった人しか分からない・・・ことはありません。
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テーマ:癌 - ジャンル:心と身体