パウロヴィッチの穴
くろパパ咽頭癌確定からの ”平成のアダムスファミリー”271日間。

あと何回会えるのか

 
 
2006年5月27日。くろパパとマヨ再会。
 
 
 
 
 
 
前日、高円寺で飲み過ぎたせいで朝からカラダが重い。
 
飲んだあと、牛丼食べたせいです(-_-)
 
この日は高円寺のホテルから
 
東大病院までラクに通える池袋のホテルへ移動。遊びはお終いです。
 
とりあえずはチェックインまで時間があるので荷物だけ池袋のホテルの預けて
 
一路、マヨと共に父のいる東大病院へ行くことに。
 
 
 

 
前日訪れた時に、唯一食べられる物が「お刺身」だと聞いていたので
 
池袋の東武デパートの地下で、マグロトロなどの盛り合わせを買う。
 
久しぶりに日本の食品を買いましたが、高いですね(^^;)

 
 
その後、丸ノ内線で「本郷三丁目」の駅前すぐのナチュラルローソンで
 
やはり父が食べられそうなプリンを購入。これで食後のデザートもバッチリ。
 
喉が塞がりかけているため、食事摂取量が著しく低下しているので
 
食べやすく、かつカロリーの高い物が必要なはずですからね。
 
 
 
「本郷三丁目」の駅から東大病院までは歩いて20分はかかるでしょうか。
 
マヨと二人。お酒クサイ体で徒歩20分はつらいです
 
病院入口からさらに奥の入院棟まで辿り着いた頃にはヘトヘトでしたが
 
我々、上海で暮らす夫婦には父に会える喜びの方が勝っていたのではと思います。
 
 


二人して病室に入ると、父は以前そうしていたように軽く左腕を上げて
 
 
「よおっ(・ω・)ノ」 
 
 
とマヨに元気そうな様子を見せてくれました。
 
本当は、娘の夫に病床にいる自分の姿など見せたくないはずなのにね。。。
 
マヨも父が不安になるといけないと思っていたのでしょう。
 
特に病気の話などはせず、上海の話や、仕事の話などして
 
明日にはすぐに上海へ戻るけど、空港へ行く前にもう1度来ることを約束して
 
夕方頃になると他の家族と顔を合わせそうなので我々は引き上げることに。
 
ふたりして病室を後にする際、父の
 
 
「おまえも帰るのか?」 
 
 
という私への言葉が切なかった。。。





その夜は、池袋で真ん中のダメ兄と食事。
 
これまでの経緯がまったくと言っていいほど分からないので
 
そういった話を聞くつもりが彼には話す気がないらしく
 
詳しい情報を求めても、のらりくらりと話を逸らされる始末です。
 
腹立たしい気持ちと、
 
彼らは本当に父の病気を把握していないし把握する気もない。
 
日本にいる家族の誰もが父の置かれる状況に対して
 
誠心誠意でないことが分かり、どうにもまた切なくなった夜なのでした。


 
 





くろパパとの時間。あと246日。
 


 





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《くろうさ》

くろうさ

上海生活3年生。専業主婦。


父。

《くろパパ》

くろうさの最愛の父親。

 

2007年1月逝去。61歳。

生前は経営コンサルタントに従事。

 

登場人物

《マヨ》

  くろうさダンナ 上海リーマン

 

《くろママ》

  くろうさ母親 乳ガン歴2回

 芸術家 着物デザイナー

 

《バカ兄》

  くろうさ3兄妹長兄 某出版社勤務

 

《ダメ兄》

  くろうさ3兄妹中間兄 某ベンチャー勤務

 

《おやびん》 元勤務先病院理事長

 

《姐さん》 元勤務先病院直属上司Dr.

 

 

用語解説

《パウロヴィッチ》

くろパパのカトリック洗礼名が「パウロ」

だったことから、なんとなく。

 

《穴》

くろパパの咽頭癌摘出後

喉仏の下、ちょうど両鎖骨の間に

直径約4cmほどの穴が作られ

肺と直結して呼吸をしていた、その穴。

 

《咽頭癌》

鼻の奥から喉にかけて位置する器官で

場所により上・中・下と分類されるが

くろパパは喉の部分の下咽頭癌。

 

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